渋沢教会
更新日:2008.07.15

6月22日 ヨブ記による説教「過ぎた年月を」

古畑 和彦牧師
ヨブ記 第29章1〜25節
テモテへの手紙二第2章1〜13節

この章には、宮沢賢治の「雨にも負けず」に似ているところがあります。 「雨にも負けず、風にも負けず……東に病気の子供あれば、行って看病してやり、 西に疲れた母あれば、行ってその稲の束を負い、南に死にそうな人あれば、行ってこわがらなくてもいいといい、 北に喧嘩や訴訟があれば、つまらないからやめろといい……そういうものに、わたしは、なりたい」。

しかし、「宮沢賢治」に無くて、「ヨブ」にあるものがあります。 それは、「ヨブ」には明確な神がおり、神を信じ、神により頼んでいることでした。 かつての日の活躍は、みな神のゆえ、神が「わたしと共におられ」(5節)たからだ、と神を仰いでいます。 順風満帆の時、そう言うことは簡単かもしれません。絶望の中で、神の恵みを忘れなかったヨブには頭が下がります。 ヨブとともに歩まれた神は、今日も変わらず私たちひとりひとりと歩んでいてくださいます。その神の愛に支えられて、 「そういうものになりたい」と願い、時至って、百分の一でも、「そういうものであった」ということができたらと思います。