渋沢教会
更新日:2008.08.03

7月20日 ヨブ記による説教「どこを切っても」

古畑 和彦牧師
ヨブ記第31章1〜40節
コリントの信徒への手紙一 第9章24〜27節

ヨブは、14の罪状を取り上げます。そして、このような罪を犯したことはない、 そのような思いすらもったことはない、と自らの潔白を主張します。どこを切っても「金」といえる圧倒的な証しでした。 なるほど第一章で主なる神が、「地上に彼ほどの者はいまい。 無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている」(1・8)と、太鼓判を捺されたのもわかります。 彼は、神を畏れて精進し、神の子として恥ずかしくないようにと努力の日々を重ねていたのです。

人の救われるのは、「恵みにより、信仰によって」です。「行いによるのではありません」。 しかし、だからといって「善い業」はどうでもいいというのでは決してありません。 信仰によって赦され、救われるのは、「善い業を行って」歩む(エフェソ2・8〜10)ためだったのです。 私たちは、どう考えてもヨブと同じ生き方ができるはずがありません。 また、そうする必要もありません。私たちは、私たちなりに、今生きているところで、全力を尽くしたいと思います。