渋沢教会
更新日:2008.09.07

8月17日 ヨブ記による説教「年数が知恵を」

古畑 和彦牧師
ヨブ記 第32章1〜22節
ルカによる福音書第2章22〜38節

ヨブもヨブの友人たちも沈黙し、あとは神が語られるのを待つだけでした。 ところが、ここにもう一人、エリフが現れ消えかかった論議の火をかき立てます。 エリフは、伝統的には若くて横柄で真偽の弁(わきま)えもなく語る者としてきわめて低く評価されてきました。 確かに、9節などはお年寄りを蔑視した発言です。「日を重ねれば賢くなるというのではなく、 老人になればふさわしい分別ができるのでもない」。 私たちは、これを「今時の若者は……」と批判するのではなく、 「日を重ね」てどれほどの「知恵」や「分別」を身につけたものか、と振り返りたいと思います。 ただ無駄に人生の「日数」「年数」を数えるような歩みでなかったか、と反省させられます。 「どれだけ生きたか」でなく、「いかに生きたか」が大事なのです。 ルカ福音書の「シメオン」「アンナ」のように、年老いてなお、いや年老いたからこそ、味わう神の恵みを祈り求めたいと思います。 同時に、若者は若者で、思い上がることなく、 年寄りを云々しながら、みずから同じ穴の狢(むじな)となることがないようにと戒められたい、と思います。