渋沢教会
更新日:2008.12.9

12月07日 詩編による説教「主よ、それでも」

浜崎 孝牧師
詩編3編1〜9節
ルカによる福音書5章1〜11節

表題の部分に、「ダビデがその子アブサロムを逃れたとき」(1)とありますね(サムエル記下15章1節以下参照)。 ダビデ王は、アブサロムを深く愛していました。しかし、その愛息からクーデターを起こされ、惨めな逃亡生活を強いられたのです。 あなたには、愛する者から裏切られた体験がありますか?創世記のヨセフ、詩編3編の作者(ダビデとは断定できない……)、 そしてキリスト・イエスさまにもそういう体験がありました。詩編3編を愛唱し、慰めを得ている人は多いのです。

神さまから見捨てられたように想う悲惨の折、私どもはどうしていたでしょう。詩編の信仰者は、「主よ、それでも」という信頼に立ち返りました。 そして、「主に向かって声をあげれば」、眠れない苦しみから守られ、安らぎ、しなやかに生きて行く発見やエネルギーが出て来たのです(6〜7)。 私どもは、信仰の詩人のように健闘できるでしょうか。「主が支えていてくださいます」(6b)。 そうです!詩人には、神さまから「それでも」の愛が届いたのです。そして、その「それでも」の愛が力強く見えて来るのが、 主イエスさまの降誕の出来事であり、十字架と復活のそれです。詩編3編は、福音。