渋沢教会
更新日:2009.01.08

1月4日 詩編による説教「嘆きを祈りに」

浜崎 孝牧師
詩編6編1〜11節
テサロニケの信徒への手紙一5章16〜22節

 

これは、嘆きの詩です。「嘆き」が3回語られていますし(3、7、10節)、3節では嘆きが強調されています。 そして、その嘆きは相当深刻です。「嘆き疲れ……夜ごと涙は床に溢れ」(7節)などという悲しみが延々と続いたのです(4節)。

「嘆き」は様々な理由で巡って来ますが、この信仰の詩人の場合は病気でした(3節b〜4節a)。 しかも、それは彼に死を予感させた重い病気でした(5〜6、8節)。 2節の懇願は、病気は罪を犯した人間への神さまからの怒りだという認識があったことを物語っています (出エジプト記15:26節参照)。

嘆きに遭遇しない人生はありません。私どもは、嘆きの日々をどのように過ごして来たでしょう。詩人は、「嘆き」を祈りにしました。 そして、神さまは嘆きを聞いてくださる憐れみ深いお方だという発見をし、神さまへの信頼を新たにすることが出来ました(10節)。 初代教会の使徒パウロも、嘆きを祈りにしたことから病気は恵みだという発見をしました(コリントの信徒への手紙二12章7節以下参照)。 誰よりも深刻な「嘆き」を負われたキリストは、嘆きを祈りにすることの祝福を語りかけた神さまです(マルコによる福音書14章32節以下参照)。