渋沢教会
更新日:2009.01.26

1月25日 詩編による説教「冠が見える人」

浜崎 孝牧師
詩編8編1〜10節
ヨハネによる福音書17章1〜5節

最近、テレビのコマーシャル(ある損害保険会社の宣伝)で、小さな冠を頭に戴いている人々が出て来るのを見ます。 そして、「そのティアラは何……」と問いかける言葉が語られています。tiaraは宝石をちりばめた女性用の飾りですが、 古代ペルシアの王の頭飾りもティアラです。また、ローマ教皇の三重冠もティアラと言います。 詩編8編の信仰の詩人は、創造主なる神さまは人間に、「栄光と威光を冠としていただかせ」たと言い表しています。 ですから、ティアラはともかく、その頭に造り主なる神さまの「栄光と栄誉の冠」(ヘブライ人への手紙2章7節) が見えて来るような人間になること……それが、生涯をかけて取り組むべき私どもの祈りの課題なのです。

真の人イエスさまは、「わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました」と祈ったのでした。 それは、私どもの生涯もまたそのような祈りの路づくりにしなさいということを促したものなのです。 そして、その促しに伴うご慈愛を信頼して応答する信仰者には、主なる神さまの栄光を現す人生が祝福されて行くのです。 どうか隣人の心の目に、栄光の冠が見えて来るあなたであれ。