渋沢教会
更新日:2009.07.09

7月5日 詩編による説教「主は羊飼い」

浜崎 孝牧師
詩編23編1〜6節
ヨハネによる福音書10章7〜18節

詩編23編は、「主は羊飼い」と言い表しています。羊飼いの体験があったダビデだからこそ、主なる神さまは偉大な「羊飼い」という認識を与えられたのでしょう。 猛獣の口から羊を取り戻したダビデは、傷の手当もし、休ませ、生き返らせるというケアもしたのでは(サムエル記上17章34節以下参照)……。 そして、主ヤーウェは、言わば羊飼いのように民の先導役を担い、その存在をかけて彼らが人間らしく生きることが出来るよう「何も欠けることがない」 愛を注いで来られたのでした。

神の民はその歴史の初めから羊を飼い、その弱さや「欠け」を見つめて来ました(創世記4:2、47:3、またエゼキエル書34章参照)。 ですから、彼らは自分たちも羊のような存在であるという自己理解を得、命がけで守ってくれる羊飼いのような神さまを切実に祈り求めたのでした (「あなたがわたしと共にいてくださる」は信頼の表明ですが、わたしは主ヤーウェと共にいる……という祈りでもあります)。 私どもも、自らの弱さや深刻な「欠け」を見つめ続ける祈りの路づくりをしなければなりません。 その路に、「わたしは良い羊飼いである」という主イエスさまの慈しみ深い語りかけが聴こえて来るのですから。