渋沢教会
更新日:2009.08.10

8月9日 詩編による説教「歩きへの想い」

浜崎 孝牧師
詩編26編1〜12節
エフェソの信徒への手紙5章8〜9節

 

詩編26編の信仰者は、「わたしは完全な道を歩いてきました」(1)と言っています。そして、その歩きは過去のものではなく、今も続いています。 彼は、「あなたのまことに従って歩き続けています」(3)と語っています。さらに、これからも「わたしは完全な道を歩きます」(11)という決意表明をしています。 彼の歩きには、酷い逆風が吹いていたようです。けれども生涯の全てを祈りの路を歩く者として描き出す……それが詩編作者の願いであり、 読者と分かち合いたいことだったのです。

6節以下の詩文は、神殿での礼拝を語っています。神殿(教会堂)へ礼拝に行く「歩き」の積み重ねが、あなたに人間らしい喜びの手応えを得させるのだと知ってください。

キリストは、よく歩きました。そして、イエスさまが語りかけた大切なことの一つは、「歩きなさい」ということでした(マルコによる福音書2章10節参照)。 万歩計の機能を持つ携帯電話に、「しっかり歩行」という表示がありました。イエスさまが私どもに教えたしっかり歩行は、「わたしの後に従いたい者は、 自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」というものでした。キリストに従って、健やかな歩きを!