渋沢教会
更新日:2009.9.10

9月6日 詩編による説教「聞かれた声」

浜崎 孝牧師
詩編28編1〜9節
ローマの信徒への手紙8章26〜28節

主なる神さまの「沈黙」を想わないではいられない苦難の中で、それでも諦めずに祈ったこと――「嘆き祈るわたしの声を聞いてください」 (2)――は、聞かれました。6節の感謝の言葉を新改訂標準訳聖書(NRSV)で読むと、thesound of my pleadings (嘆願)となっています。 そして、2節の祈りは the voice ofmy supplication (懇願)です。

信仰の詩人は、隣人の滅びをさえ願う苦難の中で、自分の死をも予感したのですが、そんな時、私どもはどのように祈るのでしょうか。 詩人は、主ヤーウェに救いを求めて叫んだと言っています。その叫びは支離滅裂なものにはならなかったのでしょうか。 声(ボイス)とは言ってもそれは音(サウンド)と言った方が真実に近かったのでは……。けれども慈しみ深い主は、 雑音のような叫びから大切な声を聴き取ってくださったのです。キリスト・イエスさまは、動揺する者の良い理解者だということを想い起こしましょう (ヨハネによる福音書12章27節 上掲のローマ書の聖句を再読)。主の耳の愛に与かった詩人の心は平和を回復し、隣人愛の祈りを生きています(8〜9節)。