渋沢教会
更新日:2009.9.30

9月27日 詩編による説教「死ぬことは利益です」

浜崎 孝牧師
詩編30編1〜13節
フィリピの信徒への手紙1章21節

詩編6編6節は、「死の国へ行けば、だれもあなたの名を唱えず/陰府(よみ:死者が行く地下)に入れば だれもあなたに感謝をささげません」と語っていました。 そして、詩編30:10は、「わたしが死んで墓に下ることに 何の益があるでしょう」と言っています。 旧約聖書の詩人たちにとって、死ぬことは絶望だったのです。死後にも希望を持つことが出来る復活の信仰に出会っていなかった詩人たちにはこの世の人生が全てであり、 言わば「死んだら終わりだ……」と考えていたのです。

しかし、新約聖書の使徒パウロは、「わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです」と語ります。キリストの到来によって信仰が飛躍し、 死ぬことには大いなる利益があるという希望を見出すことが出来たのです。どうぞ、私どもの信仰も希望の信仰へと前進させていただきましょう。

詩編の信仰者は、「塵があなたに感謝をささげ/あなたのまことを告げ知らせるでしょうか」と問いましたが、 塵に等しい存在(それがパウロ先生の自己理解:テモテへの手紙 一 1章15節参照)がキリスト・イエスさまの慈愛を力強く告げ知らせました。 この世も、次の世も有益になる人生があるのです。