渋沢教会
更新日:2009.10.06

10月4日 詩編による説教「わたしの霊をゆだねます」

浜崎 孝牧師
詩編31編1〜25節
ルカによる福音書23章44〜49節

6節に、「まことの神、主よ、御手にわたしの霊をゆだねます」という祈りがありますね。 この祈りを、キリスト・イエスさまは十字架の上へ携えて行かれたのでした(ルカ23章46節)。 イエスさまは詩編31編を格別な想いでお読みになり、そこにこの世の生涯の最期に語る言葉を見出し、お心の板に刻んでおられたのです。 十字架の愛は、私どもの深刻な悩みや苦しみをどんなに深く理解してくださることか、そしてどんなに麗しく解決してくださるかを語りかけるものなのです。

「罪のゆえに力はうせ」(11)という喪失体験に伴う悲嘆から、「壊れた器」(13)になった信仰の詩人の人生を、 イエスさまは十字架の愛をもって美しく装われたことがわかります。壊れた器に花を活け、美しい空間を作る人がいますが、 キリストの愛の力は「いかに豊かなことでしょう」(20)。十字架の愛に出会いを与えられたステファノは、 あの詩編の祈りを最期の言葉にしました(使徒言行録7:59〜60参照)。

「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」は、ユダヤ人の就寝の時の祈りになりました。「主に、信頼します」(7)ということを日毎にかちとり、 人間らしい最期の言葉を持とう。