渋沢教会
更新日:2009.10.12

10月11日 詩編による御言葉の説教「背きを告白しよう」

浜崎 孝牧師
詩編32編1〜11節
ヨハネの手紙 一 1章5〜10節

からだに悪い物を食べた時、嘔吐があったりしますね。安全装置が働いたのです。心にも、そういうことは必要です。 詩編の信仰者は、「わたしは罪をあなたに示し/咎を隠しませんでした。/わたしは言いました/『主にわたしの背きを告白しよう』と。 /そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを 赦してくださいました。」――主なる神さまに告白することによって詩人は、 「絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました」という苦しみから解放されたのです。そして、「主に信頼する者は慈しみに囲まれる」という平安が祝福されたのでした。 「いかに幸いなことでしょう/背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。」……これは、長いキリスト教会の歴史で常に分かち合って来た恵みです。

古代ギリシアの医学において、病的な体液を体外へ出すこと(瀉血)をカタルシスと言いました。 「精神浄化」と訳されたりするその語の動詞形が聖書の中に見出されます。「御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます(カタリゾー)。」 (Tヨハネ1章9節)がそれです。私どもは、キリスト・イエスさまの十字架(贖罪!)と復活(死の力に対する勝利!)の愛によって、 言わば最高のカタルシスに与かっているのです。