渋沢教会
更新日:2009.12.16

12月13日 詩編による御言葉の説教「命の泉」

浜崎 孝牧師
詩編36編1〜13節
ヨハネによる福音書5章1〜9節

 

「わたしの心の奥に聞こえる」ものは何か……と問わされます。信仰の詩人は、「神に逆らう者に罪が語りかけるのが」聞こえると言っているのです。 そして、彼は滅びを招く自己の内面の課題を見据え、心の奥に届くものは圧倒的に賛美であるようにしたいと願ったようです(6節以下は賛美に変わっています)。

詩人は、主なる神さまに向かって、「命の泉はあなたにあり」(10)と詠いました。彼は、そういうお方に一所懸命礼拝をささげる者となり、 心の奥で聴くのは命の泉の湧きあがる音にしようとの決意を固めたのです(9節は、エルサレムの神殿礼拝を想起させる聖句。表題の「指揮者」も礼拝の賛美に関係)。

「命の泉」は、べトザタの池のような水量の少ない間欠泉ではなく、それによって詩人や隣人が共々に生きて行くことが出来る水を豊かに湧きあがらせるものです (7節の「大いなる深淵」は、豊かな水源を指しています)。

救い主イエスさまは、「わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4章14節)と言われました。 イエスさまは、私どもが心の奥で命の泉の美しい音を聴く恵みを携えて来られた救い主だったのです。