渋沢教会
更新日:2010.1.6

1月3日 詩編による御言葉の説教「なお待ち望む者」

浜崎 孝牧師
詩編38編1〜23節
マルコによる福音書7章24〜30節

 

この信仰の詩人は、重い症状の「疫病」に罹り、深刻な挫折に陥りました。なぜなら、彼のその病気は、 「わたしの罪悪は頭を越えるほどになり」ということへの神さまの怒りの結果だと自覚しているからです。 彼はまた、「わたしは自分の罪悪を言い表そうとして/犯した過ちのゆえに苦悩しています」とも語っています。 彼の祈りの路は、神さまの激しい憤りによって全く閉ざされた……という感じなのです。

ところが、この信仰の詩人は、「主よ、わたしはなお、あなたを待ち望みます」と祈りました。彼は、神さまの矢で射抜かれても、 なお必死で神さまにお縋りしたのです。だらしの無い信仰……?筆者は、開眼させられる想いです。 「いったんのいきどおりにわが児をなぐっても/泣きもせずにすがってくるわが児を またなぐっても/泣きもせずまたすがってくる おお」 (キリスト者詩人だった八木重吉の詩から)。

2010年は、世界も教会も私ども一人一人にとっても、厳しい歩みになりそうです。心挫かれる体験がありそうです。 そして、心挫かれる時は、信仰が問われるのです。私どもの信仰を、なお、主を待ち望む信仰へとレベルアップしましょう。