渋沢教会
更新日:2010.3.2

2月28日 詩編による御言葉の説教「二つの対話」

浜崎 孝牧師
詩編43編1〜5節
ヨハネによる福音書19章38〜42節

 

詩編42編2節〜43編5節には、同じ詩句(リフレイン)が三つ見出されます(42:6〜7a、12、43:5)。 それらの聖句は、「わたしの魂」に語りかけており、信仰の詩人が自己との対話を繰り返していたことがわかります。 こういう自己との対話は、信仰生活にとってとても有益なものです。

詩編の信仰者が対話した自己は、打ちのめされ絶望的になっているそれでした。そういう自己に落ち着いて語りかける言葉を持つことにより、 詩人は絶望することから守られたのです。

しかし、この詩には、自己とのそれに優る大切な対話があります。詩編43編の聖句すべてが神さまとの対話になっているのです。 詩人は、絶望しそうな自己に向き合い、必死に、けれども冷静に語り合う中から、見放されてもなお神さまを渇き求める自己を発見したのでしょうか……。 ともかく神さまとの対話に与かり、そこから深められる人格にならないと、私どもは人間らしく生きる者にはなれないところがあるのです。

上掲の福音書個所で、存在をかけて人間らしいことをしたニコデモの動機は、イエスさまとの対話にあったのです(ヨハネ3:1以下参照)。 二つの対話が尊いことを憶えましょう。