渋沢教会
更新日:2010.3.8

3月7日 詩編による御言葉の説教「これが神のお望み」

浜崎 孝牧師
詩編44編1〜27節
ヨハネによる福音書21章20〜23節

 

言わば、「神さまは親らしくあることを忘れ、保護責任者遺棄だ」と告発した子ら(神の民)が、でも神さまを捨てません。 それどころか、「あなたの慈しみを表してください」(27節)と願っています。こういう子らはどこから来たのでしょうか。

彼らは、先祖が語った、「神さまは親として、ご自身の子らに愛情を注いでやまなかった」という言葉を、何度も聞いて来た民だったのです(2〜4節)。 4節の終わりの、「これがあなたのお望みでした」は、G.A.F.ナイト訳では、「というのは、あなたはかれらの存在を楽しみとされたからです」であり、 新改訳では、「あなたが彼らを愛されたからです」というものです。

信仰の先祖の祈りが意味を持ち、子らは神さまの酷い仕打ちを想う大試練に置かれても、神さまへの愛情はわいたのです。 そして、こういう信仰の歴史が途切れることなく形づくられて来たのが教会です。教会という信仰共同体に導かれた人は、 かけがえのない先祖を持つ祝福に与かったのです。「詩編44編にある『なぜ』(25節)という問いは、我々自身としては、 終わりの日に至るまで、答えを見いだせないままでありつづける」のですから、み恵みを語る先祖を持った祝福は大きいのです。