渋沢教会
更新日:2010.4.7

4月4日 詩編による御言葉の説教「手を打ち鳴らせ」

浜崎 孝牧師
詩編47編1〜10節
コリントの信徒への手紙 一 15章1〜11節

 

この信仰の詩人は、王の即位式を想い起こしながら(列王記下11章11節以下参照)、主なる神さまこそ「偉大な王」であり、 この「大いにあがめられる」べきお方がエルサレムの神殿に入られる出来事こそ、「ほめ歌をうたって、告げ知らせ」たい恵みだと言い表しています。

イースターは、「王としてお生まれになった方」キリスト・イエスさまが、私どもの罪を贖うために十字架の愛の生涯を貫き、復活し、 死のそれをも超える偉大な力を現してくださった祝福を想い起こす日です。慈しみ深い王の中の王イエスさまが「神殿」(教会堂)に、 復活という勝利を携えて入ってくださる出来事――それこそ、私どもが「歌え、神に向かって歌え。/歌え、我らの王に向かって歌え。」 と呼びかけたいことです。初代教会の使徒パウロは、私どもの人格を「神殿」と考えるように指導しました。私どもの「神殿」に復活の主が入ってくださり、 心の王座に着き、麗しい統治をしてくださる出来事こそ、「ほめ歌をうたって、告げしらせ」たい恵みです。

坂本 九さんの「幸せなら手をたたこう」は、この信仰の詩から生まれました。態度で示したくなる、信仰の喜びを得よ。