渋沢教会
更新日:2010.8.15

8月8日 詩編による御言葉の説教「神さまの革袋」

浜崎 孝牧師
詩編56編1〜14節
マタイによる福音書5章4節

 

9節の「嘆き」のヘブライ語はノードです。そして、スペルは微妙に違うのですが、「革袋」もノードです。聖書には語呂合わせで語られるメッセージが豊富に見出されますね。 言葉について優れた感性を祝福されていた信仰の詩人は、嘆きの祈りの中でひらめいたのかもしれません。「そうだ、嘆き(ノード)と言えば革袋(ノード)だ……。 私の嘆きやその涙は、主なる神さまの革袋に蓄えていただけるのだ」。真実はどうであれ、聖書の詩人は、 私どもの信頼する神さまが私どもの涙を蓄える「革袋」を持っていらっしゃるという意味深い発見をしたのです。

詩人は、「あなたはわたしの嘆きを数えられたはずです。/あなたの記録に それが載っているではありませんか。」と言いました。 神さまは、なぜ私どもの嘆きとその涙を一つ一つ記録されるのでしょうか。いつかそれを役立てるためでしょう。例えば、詩編の詩人の涙の体験が、 今まさに涙を流している人々へのエール(応援歌)になっているように……。

詩人が想い起こした「革袋」は、そこに蓄えられた葡萄酒を熟成させる器でした。神さまの「革袋」は、あなたの涙を蓄え、 それを味わい深いものへと醸成してくれる愛の器なのです。