渋沢教会
更新日:2011.3.08

3月6日 詩編による御言葉の説教「神を祝った人々」

浜崎 孝牧師
詩編66編1〜20節
ルカによる福音書1章67〜79節

 

詩編66編の信仰者は、大昔の出来事を、まるで自分たちが体験したかのように語っています(6節は出エジプト記14章1節以下やヨシュア記3章1節以下を想起させ、 10〜12節はエジプトでの苦難を想起させるものです)。「それゆえ、我らは(彼らではない!)神を喜び祝った」--遥か遠い昔の出来事が聖霊の働きによって現在化され、 恐るべき神の出来事の恵みがリアルに受け取り直されたのです。礼拝は、懐古や温故知新、「三丁目の夕日症候群」でもありません。私どもは毎週礼拝堂で、 真に得難い出来事に参与しているのです。

この詩の結語は、「神をたたえよ。/神はわたしの祈りを退けることなく/慈しみを拒まれませんでした。」です。「神をたたえよ」は英訳聖書では、 Blessed be God……バルバロ訳は、「神は、祝されよ!」です。神さまが、「あらゆる祝福の源泉」であり、 「人間が祝福され得る意味で神を『祝福』することはできない」(H.リングレン)のに、詩人たちは神さまを祝福したくてたまらないような想いで、 「神を喜び祝った」のでした。そして、こういうことが主日礼拝で生起しているのです。皆さんも、キリストにあって神を祝う人々であれ!