渋沢教会
更新日:2011.3.15

3月13日 詩編による御言葉の説教「顔の輝きを向ける人」

浜崎 孝牧師
詩編67編1〜8節
コリントの信徒への手紙二 4章6節

 

詩編67編の讃美歌は、「神がわたしたちを憐れみ、祝福し/御顔の輝きを/ わたしたちに向けてくださいますように」(2節)という祈りから始まっています。 これは、「あなたの道をこの地が知り/御救いをすべての民が知るために。」(3節)という願いからささげられた、 「祝福の源となる」神の民の祈りなのです(8節も、隣人愛から祝福を求める祈りです)。短い詩なのに、 「すべての民」という表現は6回(「諸国の民」が2回)も使われており、隣人への関心が強い作品になっています。

詩人は、御顔の輝きを向けていただくことが「祝福」だと理解しています。私どもは、「御顔こそわたしの救い」 (詩編42編6、12節、43編5節を想起せよ)と信じる者であり、「キリストの御顔に輝く神の栄光」に与かって来た者なのです。 御顔の輝きに照らされる神の民が、顔の輝きを祝福されて生きるなら、隣人への良い奉仕になることを憶えましょう。

「…根本的にみるならば、私たちが天の、主イエス・キリストの、神ご自身の反映と照り返しを、つまり、輝かしい顔を見せてあげる、 ということこそが、私たちが他人を喜ばすただ一つのことなのです」(カール・バルト)。