渋沢教会
更新日:2011.6.12

6月5日 御言葉の説教「絆(きずな)生まれる所」

大井 啓太郎牧師
マタイによる福音書18章18〜20節

 

「交わり」について。「誰が一番偉いか」と問う弟子に対して、主イエス様は、「心を入れ替えて子どものようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。 自分を低くしてこの子どものようになる人が、天の国で一番偉いのだ」と答えられました。 弟子たちが考えていたであろう基準や評価方法とは全く違ったものをイエスさまは「こども」という存在で示されたのでした。 弟子としての何か目覚ましい業績、知恵、能力、才能、身分そういったもので私たちは「偉さ」を計りがちです。 そのような優劣を測ったり競う心は入れ替えないといけないとイエス様は語られるのです。

このような信仰共同体を形作るために、私たちは対話が必要なのです。神の民といえども、時に見解の相違や誤解が生じます。 いや明らかな反感・敵意を抱くことすらあるのです。人間は弱いですから、ちょっとしたことで疑いの感情をもったり、心が傷ついてしまう。 教会は社会の縮図ですから、いろいろな背景をもった人が集います。普通では出会わないような人たちと私たちは共に生きるのです。 私たちをつなぐのは、ただ私たちが主イエスによって救われたその事実のみなのです。主イエスによって、絆が生まれるのです。 今日与えられている聖書箇所で、「地上でつなぐことは天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる」というのです。 私たちの絆がこの地上で結ばれているなら、それは天の国でも結ばれていることであり、もしそれが不十分ならそれは天上でもそのままだということなのです。 そして、主イエス様は、「はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、 わたしの天の父は、それをかなえてくださる。二人、または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」と約束して下さいました。 願いを共有するということ、それがまさに「主にある交わり」なのです。それは真の絆なのです。