渋沢教会
更新日:2011.6.19

6月12日 御言葉の説教「明日に向かう風を感じて」

大井 啓太郎牧師
使徒言行録2章1〜13節

 

その日、ユダヤの祭で五旬祭と呼ばれた日の朝、弟子たちは祈っていたのです。すると、凄まじい音が天から聞こえ、それと共に、 弟子たちの頭上に炎のような舌が現れたのです。この物凄い音で集ってきたユダヤ人、彼らは外国に住んでいた人々でしたが、 彼らが耳にしたものはそれぞれの国の言葉でした。弟子たちは外国の言葉で、神の偉大な業を語り、主を賛美していたのです。 そして、重要なのは聖霊の力は外国語をしゃべらせる力を与えただけではなく、何の取り柄もない、迫害におびえる人々を、 福音の担い手に生まれ変えさせたことにあるのです。わたしたちも聖霊を受けると話しだすのです。それは、外国語を話すというのではありません。 異言と呼ばれる不思議な言葉でもありません。私たちは与えられている様々な賜物によって御言葉を宣べ伝える力をいただくのです。 いや、すでにいただいているのです。「私にはそんな力はありません。」と謙虚であることも大切ですが、同時に主に信頼し、 主が共におられるのだからきっと出来るという思いも必要です。主は地の果てまで、私の証人となると断言されています。 私たちは主のご期待に応えて、地の果てまで出て行きましょう。しかしこの地の果てというのは、単に地理的な距離をいっているのではありません。 皆さん一人一人の職場や家庭が主から示された「地の果て」であるかも知れません。教会の宣教は牧師一人の働きではなく、 聖霊を受けたそこに集うもの一人一人の働きです。これからの教会の歩みも一人一人の「地の果てに出ていく信仰」によって形作られるのです。 聖霊様は、そのような「明日」にわたしたちを導きます。わたしたちの歩みがこの教会の歴史となり、わたしたちが描く夢がこの教会の未来となるのです。