渋沢教会
更新日:2011.7.13

7月10日 御言葉の説教「旧約聖書から@〜ノアの箱舟」

大井 啓太郎牧師
創世記6章1〜22節
ヘブライ人への手紙11章7節

1.挨拶


おはようございます。関東地方は昨日、梅雨が明けたそうです。暑さもこれからが本番です。どうぞ、体調にお気をつけください。 しかし、不思議なもので、冷房の利いたお店に行くと、涼しさのありがたみが感じられるようになりました。初めて家の居間にクーラーが付いた時も、 嬉しくて、寝苦しい夜は居間で家族みんなで寝たことを思い出しましたが、気が付いたら今では、電話と同じように一部屋一台の時代です。 しかし、東日本大震災によって、わたしたちは自分たちのライフスタイルを見直さざるを得なくなりました。神様から与えられたこの世界でどのように生活するのか、 今までとは違う発想が求められているように思います。


今日から4回、旧約聖書の有名な物語から、この時代に生きる私たちへの神様のメッセージを共に聞いていきたいと思います。


それでは今日も、主にある兄弟姉妹と主のみ前に集えたことを感謝して、お近くの方と握手をもってご挨拶ください。


2. 洪水物語は事実か


第1回目に取り上げるのは、先週子どもたちに話したノアの箱舟の物語です。ノアの箱舟という言葉や物語は一般の人もある程度知っているのですが、 それこそ、おとぎ話的にしか知られていません。しかし、考古学的に同時代の世界の至る所で洪水の跡が発見されているそうですし、古代オリエントには、 ノアの箱舟と同じような洪水物語があるそうですから、やはり世界規模の洪水が起きていたのでしょう。どうしてそれが起きたのか?聖書は、 人間の悪が増したためと説明します。もちろん自然の現象ですから、科学的な違う説明もできるでしょう。しかし、人間のおごり、たかぶりといった傲慢が、 自然の力を軽視してしまい、大惨事が引き起こされるという事は、今も昔も歴史が証明していることです。そして、現在世界で起きている気温上昇や海水面の上昇、 異常気象は、人間による自然破壊が大きく影響していることを、人間自ら突き止めています。そのような意味で、ノアの洪水物語は、過去の物語ではなく、 今、私たちが向き合わなければならない警告でもあるのです。


3. 聖書から教えられること


創世記の6:9には「これはノアの物語である。その世代の中で、ノアは神に従う無垢な人であった。ノアは神と共に歩んだ」とあります。 そして、その前の数節には、ギリシャ神話のような神々と人が結婚するように思える物語があり、ネフィリムと呼ばれた種族が出てきます。 ここは聖書の中でも解釈が難しい箇所ですが、民数記13章には、巨人であった種族であることが分かりますから、強い異民族がどうして存在するかを説明するために、 神の子らが人と結婚し子を産んだというような記述をしたのでしょう。そして、そのような人々は横暴で神を畏れず、堕落していたということを説明しようとしているのです。 古代において体格がいいということは、富や権力を得るのに今以上に重要であったに違いありません。そして、富や権力は今も昔も堕落の格好の素地なのです。 堕落とは、その生活態度だけを言うのではなく、自分の力を過信し、主なる神をないがしろにすることを指します。


現代に生きる我々も、クローン技術や、バイオ技術で、そして原子力など、ややもすれば科学技術が絶対的な力であり、 神を信じることなど非科学的と斥けられる傾向があります。また、神不在の社会は、自分がしたいことをするという自己中心の価値観を美化します。 その結果、生存競争が激化し、他者を排斥する力が強くなります。社会倫理観が低下し犯罪も多発します。今、勝ち組・負け組と言われる格差社会が生まれています。 また、産業は目的を達成するために、安全性などを無視するか、低く見積もって、いかに安く・早く・多くだけを求めています。 企業側の利潤だけのために人は仕事を簡単に失います。一昔前、日本が高度経済成長のために、公害病や環境問題などを起こしてしまった同じ轍を今、 中国などの発展途上国がさらに規模を大きくして踏んでいます。そのような意味では、現代はまさに11節にあるように「神の前に堕落し、不法に満ちて」いるのです。


ノアは、そのような神の前に堕落し、不法に満ちていた時代に、神を信じて生きていたのです。そのようなノアに神は箱舟を作るようにお語りになりました。 300アンマとは約150メートルほどです。有名な豪華客船クイーンエリザベス2世号が約300メートルですから、その半分の大きさということになります。 その大きさが本当であったかどうか、また、19節にあるようにすべての生物を箱舟に入れることができたかどうか、また、 その痕跡が今もアララト山と呼ばれる山の中腹にあるかどうか、それは分かりません。ノアの洪水後も、世界各地で生き延びた人や動物はいたでしょうし、 聖書にもそのような矛盾は見受けられます。しかし、最初にも書かれていましたが、これは「ノアの物語」なのです。ノアの知りうる世界の中で大洪水が起こり、 多くのものが失われる中で、生き残ったノアと家族たちの、神の導きと契約の証言なのです。


4.我々への適用


改めて、このノアの洪水から私たちが学ぶべきことは何でしょうか?まず第一は6:22「ノアは、すべて神が命じられたとおりに果たした」ということです。 神を信じるということ、それは私たちに冷静で慎重な目を与えます。不法と堕落が満ちた時代の中で、何が大切なことなのかを見分けることができます。 すべてを失うような失意の中にあっても希望という大切なものを守ることができます。また、8:20には「主のために祭壇を築いた」とあります。 ノアが箱舟から出て最初にしたこと、それは礼拝することでした。主の日に礼拝を守ること、これは、ノアが人々のあざけりの中で箱舟を作ったことと同じように、 人々の目から見れば無価値なことと思われるかもしれませんが、人生を完成へと作りあげていくためには、私たちにとってなくてはならないものなのです。


今日、一緒に読んでいただいた新約聖書のヘブライ人への手紙11:7には「自分の家族を救うために箱舟を作り」とありました。 私は、実は昔の渋沢教会の外観が教会らしくて好きでした。今の教会の形はどうも殺風景で、皆さんのご苦労を考えると申し訳ないのですが、 もう少し教会らしくできなかったのかなどと思っていました。しかし、よくよくみると、渋沢教会は、 ノアの箱舟のような形をしているのではないかと思えるようになりました。余計な飾りはないが、しっかりと礼拝者を受け入れる教会。 私たちはまだ見ぬ神の家族を救うため、聖書にしるされている終わりの日まで、この教会をこれからも建て続ける必要があります。 そして、それが第2のことでもあるのです。


その第2は、私たちは、主なる神との契約の中に生かされているということです。9:1-11「産めよ、増えよ、地に満ちよ。 …私があなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものが滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない」と。 その契約のしるしは虹と聖書には書かれていますが、私たちは、主イエスの十字架の死によって、贖われ、 主を礼拝することによってその契約が新たに更新されていることを信じるのです。


4.最後に


ノアは950歳で死にました。とても長寿でしたが、やはり死を免れませんでした。私たちもいつかは天に召されます。 最後にマタイ24:36以下(p.48)をお読みします。「その日、その時は誰も知らない。…だから、あなた方も用意していなさい。 人の子は思いがけない時に来るからである。」私たちは完全な準備などできはしないでしょう。また、私たち自身の死のほうが早く来るということもあるでしょう。 しかし、いつ主のみ前に進み出ても恥ずかしくないように、できることを精一杯して主にお仕えしていきましょう。