渋沢教会
更新日:2011.9.11

8月28日 御言葉の説教「神の国のたとえC〜急募!時給『幸せ』」

大井 啓太郎牧師
申命記24:14〜15
マタイ20:1〜16

 

ある家の主人がぶどう園で働く人を雇うために、朝早く夜明け前に出かけて、一日につき1デナリオンの約束で人を雇います。このデナリオンというのは、 当時肉体労働者が一日働いて手にすることのできた平均的な額です。今でいえば、1万円ぐらいでしょうか。そして、9時ごろにも出かけると、 広場に建っている人たちがいたので、その人たちも雇いました。そういうことを12時・3時・5時としました。そして、夕方6時にその日の仕事が終わり、 後から来た人から先に賃金が支払われました。最初にお金を受け取った人は実質1時間しか働いていませんでしたが、なんと1デナリオン受け取ったのです。 それを見ていたもっと前から働いていた人たちは、余計に働いているのだからもっともらえるだろうと期待しました。しかし支払われた額は同じ1デナリオンでした。 不公平だと思って労働者たちは主人に抗議をしますが、最初にこの1デナリオンという額で契約したのだから、それで満足しなさい。というのです。

私も、初めてこの箇所を読んだ時、なんと不公平で馬鹿なたとえだと思いました。朝早くから働いていた人と、1時間しか働かなかった人が同じだとは。

しかし、大学で社会福祉を学び、先輩に連れられて初めて行った横浜寿町や神学校に入ってからボランティアをした東京山谷で実際に日雇い労働者の生活を知り、 この考えは大きく変わらざるを得なくなったのです。そこには7節の言葉にあるように「誰も雇ってくれない」辛さ・厳しさ・孤独があるのです。

神がこの世界の主権者として、人間が、人間として扱われ、尊厳が回復される場所、一人一人の幸福が約束される場所、これが神の国の在り方だと、主イエスは語るのです。 今日の説教題に「時給『幸せ』」と付けましたが、まさに主イエスが約束して下さる神の国の時給は、この世の物質的な豊かさではない、生きる喜びそのものなのです。 聖書は、「後にいる者が先になり、先にいるものが後になる」神の国の大逆転が起こるのだから、それに備えて慎んで、生きることが大切であると教えるのです。