渋沢教会
更新日:2011.9.12

9月4日 御言葉の説教「神の国のたとえD〜神様への空返事」

大井 啓太郎牧師
エレミヤ31:31〜34
マタイ21:28〜32

 

ある人が、二人の息子にぶどう園に行って働くように言いました。兄のほうは、最初「いやだよ、行きたくないよ」と答えるのですが、 どうしてか思い直して父親の言うとおりにしたのです。そしてもう一人の弟は最初「行きます」といい返事はしたのですが、結局出かけなかった。 どちらが父親の望みどおりにしたか?とイエス様は祭司長たちに問うたのです。彼らは、兄のほうが、父親の言うことを聞いたと答えました。 イエス様は、彼らの答えを聞いて、「徴税人や娼婦たちのほうが、あなた方より先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、 あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考えなおして彼を信じようとはしなかった」と答えられたのです。 自分の今ある姿を見よ、バプテスマのヨハネがあなた方に警告したことを思い出せ。主イエスは、権力を握るだけで、神の律法の本質から離れていた人々に、 そのように語ったのでした。このたとえから私たちも「応答する姿勢」を考えなければならないと思うのです。

皆さんも心あたりがあると思うのですが、親や子や、お連れあいから何かを頼まれて、空返事をしてしまうということがあります。私はいつもこれで妻に怒られるのです。 「雨が降りそうだから、洗濯物を入れておいて」と頼まれて、何かに夢中になっていてつい忘れて、妻が帰ってきたときに「頼んでおいたのに」と怒られてしまうのです。 ちょっと大げさですが信頼関係を損ねてしまうのです。

小さな小さな、神様からの問いかけ、促しに、「はーい」と返事はしたものの、実際には何もしない。ある人が「成功の反対は何もしないこと」ということをいいました。 失敗ではなく何もしないというのが成功の反対だというのです。先週学んだように、私たちは夕暮れ近くで雇われたものです。 神様のあわれみで時給「幸せ」をいただいているのです。だからその少ない時間、一生懸命主にお仕えしなければならないとも思うのです。 空返事ばかりの人生では、神様も大切な働きを任せてはくださらないでしょう。