渋沢教会
更新日:2011.10.2

9月25日 御言葉の説教「神の国のたとえG〜忠実に生きる」

大井 啓太郎牧師
ヨブ記42:1〜6
マタイ25:14〜30

 

今日は愛する皆様と、54周年創立記念礼拝、また召天者記念礼拝をおささげできますことを心から感謝しています。 草創期の方々・また先に召された方々の想いをしっかりと引き継ぎたいと思います。

今日のたとえはある人が旅に出かける前に、3人の僕に自分の財産を預けるのです。ある僕には5タラントン、別の僕には2タラントン、 そしてもう一人には1タラントンを預けて遠い旅に出、主人がいない間、5タラントンと2タラントン預かった人は、商売をして預かった分と同じ額のタラントンを儲け、 しかし、1タラントン預かった僕はというと、穴を掘ってそれを埋めて隠してしまったのでした。主人が帰ってきた時に、儲けた二人は忠実な僕とほめられ、 さらに多くの物を管理する権限が与えられ、土の中に隠しておいた僕は、怠け者の悪い僕と叱られ、外の暗闇に放り出されてしまう、というのがこのたとえのあらすじです。

この主イエス様が語られたたとえは、まず第一に、神様から与えられる賜物は人それぞれに違うということです。タラントンというのは、 ギリシャの通貨の単位で20年働いて得られる金額です。転じて一生で得られるほどの金額を表す意味となり、その人に与えられた才能とか能力という意味になりました。 私たちは、それぞれ神様から1タラントンが与えられているのです。しかし多く才能や能力を与えられた者に対してやっかみや妬みの思いすら湧く。 しかしこれを重さで考えると、また、別の意味が見えてくる。多く与えられているものは、それだけ重く大変なのです。それは責任ということにもつながるのです。 自分の身の丈に合ったものを神様はタラントンとして与えてくれているのです。

第2に教えられること、それは全ての賜物を生かし、その全ての結果をかの日に神様のみ前に差し出すことです。賜物の忠実な管理とは、それを生かすことです。 私たちは失敗が多いとしても、結果を恐れ、土に埋めて何もしなかった僕よりは、その賜物を用いてこそ、ほめてもらえるのではないかと思うのです。