渋沢教会
更新日:2011.12.4

11月27日 御言葉の説教「待降節@洗礼者ヨハネの誕生」

大井 啓太郎牧師
イザヤ9:1〜7
ルカ1:57〜80

 

ヨハネの両親ザカリヤとエリサベト、この夫婦には、子どもがなく、そして年老いていたと聖書には記されています。 そして、夫ザカリヤの仕事は、祭司であり、「聖所に入って香をたく」という役目が与えられました。 この務めは、祭司のする務めの中でも一番大切なものでした。これは一生涯で最初で最後の務めだったということです。

そのような、生涯で一度の務めの中で、主の使いがザカリヤに現れました。天使は、「ガブリエル」という自らの名前を明らかにしました。 名前を明らかにするというのは、そこに責任があり、神様がそうなさる、間違いのないことと保証されるということです。 ですから、そのことを信じることができなかったザカリヤは、口が利けなくなるという嬉しくないしるしをもらってしまうのです。 そして、この不思議な出来事の後、ザカリヤの妻エリザベトは身ごもり、男の子を産みました。人々がこの赤ちゃんに父親の名前をつけようとすると、 エリサベトは主は恵み深いという意味の「ヨハネ」という名前にすると言いました。これは、天使ガブリエルから付けることを命じられていた名前だったのです。 人々は、父親にも何という名前がいいのか尋ねました。ザカリヤが「この子の名はヨハネ」と書いたとたん、彼は元通り話せるようになり、 神を賛美しだしたのでした。周りの人々は、怖れを感じるほどでした。しかし、彼は賛美せずにはいられなかったのです。 そして68節以下にあるように預言をしました。この預言は、イスラエルの救いの歴史と預言に根差しています。 ヨハネの父ザカリヤは、息子ヨハネが、イエス・キリストに先だって人々を悔い改めさせ、道を備える者として生きることを、 そしてその主イエスこそ平和の道に導く存在であることを預言したのでした。私たちはザカリヤとエリザベトの信仰を見習いたいと思うのです。 神様どうしてですかと、格闘することができる、神様がともにいてくれて、乗り越えることができる。そして、答えをいただくことができるのです。 待ち望むことの大切さということを学びたいのです。