渋沢教会
更新日:2012.2.23

2月12日 御言葉の説教「スリップ人生をストップさせる」

大井 啓太郎牧師
申命記28:1〜14
テサロニケ1 4:1〜12

 

被災地ボランティアから帰る道、もう必要がないかと油断してチェーンを外した途端、スリップしました。街中の交差点に差し掛かって、 信号が赤に変わってブレーキを踏んだのですが止まらないのです。幸い早めにスピードを落としていたので、停止線を2メートルこえたぐらいで止まりましたが、 もし、あのまま止まらなかったら、交差点の真ん中に止まることになり、事故につながったかもしれませんでした。 それ以後は、どこにそのような凍結があるかひやひやしながら運転をしたのでした。コントロールが効かないことの恐ろしさを知った旅でもありました。

今日与えられた1テサロニケ4章には、「神に喜ばれる生活」と小見出しが付いています。使徒パウロは、私たち一人一人が聖なる者となることが、 神の御心だというのです。主なる神様に喜ばれる生活とはどのような生活を言うのか、そのことを使徒パウロはテサロニケの人々に語っているわけですが、 それはまさに、心にチェーンをつけ、スリップしないように生きるということに他ならないのです。心に、み言葉というチェーンを持つということです。 それは少し重たく感じることもあるかもしれません。しかし、いざという時、このみ言葉は、私たち自身では制御できないことがらを、制御するのです。 神様は私たちを罪から自由にしてくださいました。しかし、それは罪を犯してよいと言う、免罪符を与えてくれたのではなく、 その罪の正体と行きつく結果を私たちに知らせ、滅びないように導くということなのです。私たちは、その声をしっかりと聞き続けなければならないのです。 歩むという言葉のギリシャ語の意味は「周囲+踏む」という意味です。そして、歩むという漢字は少し止まると書きます。身近なところを少し止まってはまた進む、 そのように自分の今いる場所を確認することが大切です。