渋沢教会
更新日:2012.4.25

4月15日 御言葉の説教「復活の証言‐エマオにて」

大井 啓太郎牧師
イザヤ53:1〜12
ルカによる福音書24:13〜35

 

主イエスは、思いがけない方法で弟子たちにその姿を表されました。何か夢や幻のようなあやふやなものではなく、しっかりと弟子たちにその姿を示されたのです。 その出会いは、やはり思いがけない形で起こりました。日曜日の夕方、二人の弟子がエマオという村に向かって歩いている途上で、イエスと出会ったのです。 意気消沈している彼らは一つの信じ難い話を耳にしていました。それは、イエス・キリストが甦って、女性たちに現れたという話でした。 そのようなことがあるのかどうか、彼らは論じながら歩いていたのです。そうすると、一人の人がその道中に加わってきたのです。 そしてその人が彼らに尋ねられました。17節「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」この言葉に、弟子たちは足を止めてしまうほど、驚きました。 「あなたはこの間エルサレムで起きたことを知らないのか」主イエスは、それに対してご自身の受難と復活を解き明かされたのでした。 村に近づいた時、主はさらに先に行こうとされましたが、二人は主を引き留めました。そして、一緒に食事をした時に、主が賛美の祈りを唱え、 パンを裂かれた時に、主ご自身であることが分かったのでした。しかし、その時には主の姿は消えており、彼らは急いで元来た道を引き返し、 11人の弟子たちに事の次第を語ったのでした。

主は、弟子たちを力づけるために、その姿を現されました。それは、32節の弟子たちの言葉に表されています。 「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」。 希望を失い冷え切った彼らの心は、再び希望に燃やされたのです。

私たちも壁にぶつかり、落胆している時に、主と出会うのです。主が何気ない姿形で語りかけてこられるのです。「その話は何の事ですか?」と。 私たちが置かれている状況を主に話しだす時、私たちは主からの語りかけを聞くことができるのです。私たちも復活の主を証ししよう。