渋沢教会
更新日:2012.5.27

5月20日 御言葉の説教「新しいことを行う神」

大井 啓太郎牧師
ヨエル1:1〜20
使徒1:6〜11

 

ヨエル書は紀元前400年ごろに書かれました。この時代は、捕囚から解放され神殿や城壁も再建され、礼拝も守られていました。 偶像礼拝の罪がこのヨエル書には書かれていません。しかし、諸国によって国土は分割されたままでした。 そのような時に突如イナゴの大群の襲来という天災が起こるのです。預言者ヨエルはこの出来事に終わりの時、「主の日」を見たのです。

私は、この預言の言葉は、まさに昨年の3.11を経験した私たちのこの国に対してなされたもののように感じました。イナゴが全てを奪い尽くしたように、 津波も又全ての物を押し流してしまったからです。そしてなお、私たちのこの地域は、大きな地震の恐れが依然としてあります。 主の日、それは、主イエス様がマルコ13:14〜で預言されているように奪われる日です。奪われるというのは悲しみであり、痛みです。 しかし同時に、それは新しいことをするためには必要なことでもあるのです。

中会女性の集いで、ゲストの森祐理姉のバックに津波で何もなくなった所に一つの十字架が立っている映像が映し出されました。 それを見た瞬間、宣教が困難とされる日本の、その中でも更に困難な東北地方に福音が届けられるために、 余計なものがすべて取り払われなければならなかったのではないかと思わされたのです。新しいことを行う前に主なる神は、驚くべきことをされるのです。

神様は全てを益として下さいます。先の悲惨な震災も神様はそれを用いて東北の人々を導こうとされているのです。主の日とは、主がなさる新しいことなのです。 多くの不安が、私たちにはありますが、それでも主が私たちを成長させるために新しいことをしてくださいます。