渋沢教会
更新日:2013.12.14

12月1日 御言葉の説教「待降節@神の壮大なご計画」

大井 啓太郎牧師
イザヤ書8:23b〜9:6
ルカ4:16〜21

 

主イエス様ご自身が、ご自分がこの世界に来られたことをどのように思っておられたのか、そのことをクリスマス前の3回の礼拝の中で、 見ていきたいと思います。今回はまず、神様がなぜ人を救おうと御子を送られたのか、ということを見ていきたいと思います。

神は、人を創造されました。なぜ人を創造されたのか、これを哲学用語で、「第一原因」というそうですが、なぜこの世界が誕生し、 生き物や人が生きるようになったのか、無であったものが考えられるわけはないので、被造物である我々に答えはないのです。 しかし、そのことは逆に、何かしらの意志によって創られたと考えざるをえないわけで、その何かしらの意志を私たちキリスト者は神と呼んでいるのです。 世界で一番読まれている書物である聖書には、神が「はなはだよいものとして」この世界をお造りになり、神に似せて人を造ったと記されています。 しかし、人は自らの罪により、神と生きることを捨ててしまった。神と人とには大きな隔たりができてしまったのです。

イザヤ書9章にあるように今もなお暗黒に住んでいる私たちのために、神はその独り子を遣わして下さったのです。 ルカ4章には明確に主イエスがご自身の使命を「捕らわれている人に解放を…」と理解されています。 この世はすべて思い通りになりません。苦しみしかないようにも思えます。 しかし、今私たちが生かされているのは、この世界にまだ救われる人がいるということだと思うのです。 救わねばならない人がいるということだと思うのです。私たちは、光を知りました。 アドベント、御子が大冒険して私たちの元にやってきてくださったように、私たちもまた、私たちの命をかけて福音を伝えて行きましょう。