渋沢教会
更新日:2013.12.28

12月15日 御言葉の説教「待降節B何を信じますか?」

大井 啓太郎牧師
ダニエル書12:5〜13
ヨハネ12:27〜50

 

ネルソン・マンデラ氏の告別式典で手話通訳者の手話がまるっきりのでたらめだった事件、東京都知事の答弁、 特定秘密法案担当大臣の答弁、JR北海道や東京電力の社長の答弁、耳を疑うような何が本当でどこに真実があるのか、 言葉と実質が伴っていない事柄が多すぎる昨今。若者に人気のあるロックグループもロックグループでありながら 実際は楽器を弾いていないそうです。何が本当で何が嘘なのか分からない時代に私たちは生きている。

主イエス様は、十字架にかかる前に動揺された。悲しみもだえられた。そんなことを記録しないほうが、 より「神の子」らしかったと思えるが、聖書はそうしなかった。主イエス様の人間らしい悩み、苦しみを知る時、 自分も少しぐらい不安になり、悩んでもいいと思わされるのです。自分の気持ちに正直になって全てを神様・イエス様に告白し、 慰めてもらえばいいと思うのです。このような神を私たちは信じているのです。

そして、主イエス様はその様な苦しみに負けること無く、自らの人生の完成のために、神の計画された救いの成就のために、 十字架への道を歩まれました。「わたしはまさにこの時のためにきたのだ。」主イエス・キリストの聖なる人生は、 人間の罪の汚れを清める贖いの献げ物として、この時のために、用意されていたのです。 主イエス様は「光は、いましばらくあなた方の間にある。…光のあるうちに光を信じなさい。」と言われました。 闇は迫っています。ダニエル書は警告します。「終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい」と。

クリスマスを前に、私たちはただ、主イエス様によって目が見えるようにしてもらった人が 「ただ知っているのは目の見えなかった私がいまは見えると言う事です」と証ししたように、 受けた多くの恵みを感謝し、主を賛美し、福音を伝えたい。