渋沢教会
更新日:2014.3.6

2月23日 御言葉の説教「相続争い」

大井 啓太郎牧師
創世記27:1〜17
ガラテヤ3:26〜29

 

 父イサクが年老いて目が見えなくなり、家督を譲る時が来たのです。イサクはエサウを愛していましたから、 エサウに祝福を与え、一族の長として認めようとしていました。その時、その事件は起きたのです。 母リベカが兄エサウではなく弟のヤコブに祝福を与えようともくろんだのでした。イサクは何度もおかしいと思い、 「お前はエサウなのか」と確認しましたが、結局騙されて弟ヤコブを祝福してしまったのです。

 なぜ、このようなことになってしまったのでしょうか?ヤコブは、父に愛される兄エサウをうらやんでいました。 また、母リベカは、現地のヘト人を妻にしてしまうような勝手にふるまうエサウを疎んじていました。 しかし、何より創世記25:23にあるように神の言葉があったのです。

 戻ってきたエサウは、悲痛な叫びを上げました。「お父さん、祝福はたった一つしかないのですか!」と。 それに対して父イサクは、もう何もしてやれないとエサウに伝えるのです。 エサウは、それを聞いて弟を殺そうと考え始めたのです。 私たちも次の世代に神の祝福を手渡すことが大切なのです。

 この後、ヤコブは、母の勧めによって母の実家があるハランへと旅立ちます。 祝福を与えられたにもかかわらず、彼はそこから逃げ出すほかはありませんでした。 しかし、神はこの逃避行の中で語りかけ、成長を導くのです。

 この物語から私たちが学ぶべきこと、それは主の祝福を巡って相続争いをする必要がない、ということです。 ガラテヤ書は、主イエスにより一つとされ、私たち一人一人が相続者であると告げるからです。 神の祝福を私たちは分かち合うことが許されているのです。「たった一つしかないのですか!」と問うたエサウの叫びは、 主イエスの贖いによって答えられたのです。