渋沢教会
更新日:2014.3.23

3月9日 御言葉の説教「崖っぷちの人生から」

大井 啓太郎牧師
創世記28:10〜22
ヨハネ9:24〜25

 

 ヤコブはほとんど夜逃げのような状態で旅に出たのです。 今のように地図があるわけでもなく、太陽や星の位置で、方角が分かるだけの旅だったのです。 ただ、母リベカに言われた、兄ラバンの所に身を寄せなさい、そのうち呼び戻すからという言葉だけが、 彼の唯一の希望だったのです。しかし、心は不安で一杯だった事でしょう。 行き先も分からず、実際ラバンの家についてもどのようになるか分からない。帰れる日も分からない。 そんな八方ふさがりの中、しかし、彼は進むしかなかったのです。 そんな旅のある日、日が暮れて、彼は野宿することにしたのです。 彼は父親から祝福をだまし取りましたが、この旅に際しては、召使いもいませんし、 アブラハムがイサクの花嫁を探す時のような贈りものとなるようなものもありません。 本当に最低限のものしか彼は持って出なかったのでした。彼は寝るために適当な大きさの石を見つけてそれを枕にして、 眠ったのです。すると彼はみ使いたちが、天に続く階段を上ったり下りたりしている夢を見たのです。 そして、それだけでなく主なる神様が、ヤコブの傍らに立ち、アブラハムやイサクが受けた契約の言葉、祝福を与えたのでした。 「決して見捨てない」と。ヤコブは目を覚まして、悟りました。16節の言葉は印象的です。 「私は知らなかった」この言葉は、彼のこれまでの人生そのものを表している言葉のように思います。 ヤコブは崖っぷちにいたのです。しかし、天に続く階段を見た。逃れの道を見出したのです。 彼は、一人ぼっちと思っていましたが、神が共におられることに気が付いたのでした。 彼は翌朝、起きて自分が枕に使っていた石を立てて記念碑にしました。 そして、彼は20節にあるように誓いを立てたのです。彼は奪う者からささげる者へと変えられたのです。

 神は困難の中で、語られる神、傍らにいてくださる神なのです。 罪にまみれた私たちと共にいてくださるためにインマヌエルなるキリストを世に遣わして下さいました。 私たちはこの神に、信頼したいのです。どのような困難があっても、共にいてくださり、私たちの進むべき道を示して下さると。