渋沢教会
更新日:2014.4.6

3月23日 御言葉の説教「見捨てない神の計画」

大井 啓太郎牧師
創世記29:31〜30:24
黙示録21:9〜14

 

 父ラバンの企みにより、ヤコブの妻となった娘レアとラケル。彼女たちは夫の愛情を奪い合う醜い争いをしてしまうのです。 ヤコブはもともと妹のラケルのほうを愛していました。しかし、主なる神様は、疎んじられている姉のレアを憐れまれて、 まず姉に子どもを与えたのです。レアは本当に喜んで「主は苦しみを顧みられた」という意味のルベンと名付けました。 そしてさらにもう3人、シメオン、レビ、ユダを産んだのです。一方、妹のラケルは、子どもが産めずにいました。 子どもをあやす姉レアや夫ヤコブを見て、彼女は妬むようになりました。 その気持ちは30:1にあるように「子どもを与えて下さらなければ、私は死にます」と夫に訴えるほど強いものだったのです。 とうとうラケルは、サラがしたように、召使いとして仕えていた女奴隷ビルハをヤコブに与えて、 彼女によってダンとナフタリを得ました。子どもたちにつけられた名前は、「裁き」と「戦い」で、 ラケルの姉と争う心を表しています。そうすると、今度はレアが自分の召使いであったジルパをヤコブに与えて、 ガドとアシェルという子どもを得ました。そのような子作り競争は、ラケルがヨセフとベニヤミンを産み、 命を落とすまで続きました。

 他民族の奴隷となっていた女性たちをも巻き込んだ姉妹同士の醜い争いでしたが、 その子どもはイスラエルの12部族となって発展するのです。姉妹の意地の張合いも神は用いられたのです。 主なる神様が子孫を増やして下さるという契約が実現していくのです。

 マイナスのように見える事柄の中に、神様は救いの道を用意されている。 ヤコブの思い通りにならない人生も実は神の導きの中にある。 今度の祈祷会のテキストになる晴佐久神父の『恐れるな』という本にはアウグスティヌスの言葉が引用されていました。 「神はどんな悪も行われ得ないようにするよりも、悪からも善を生ぜしめるようにしたほうが良いとお考えになったのである」 神様は、私たちを見捨てない計画をお持ちなのです