渋沢教会
更新日:2014.5.4

4月27日 御言葉の説教「復活の証言者トマス」

大井 啓太郎牧師
詩22:23〜32
ヨハネ20:24〜29

 

 ユダヤ人たちに捕まるのを恐れて、家の戸に鍵をかけていた10人の弟子たちの所に、復活の主イエス様が現れました。 そして恐れおののく弟子たちに、み傷を示された。弟子たちは、やっとこの喜ばしい現実を認識し、心に平和が訪れたのです。 しかしこの時、12弟子の一人でディディモと呼ばれるトマスはいなかった。 一人、どこかで悲しみにくれていたのかもしれません。弟子たちのところに戻ってみると、主が復活したと喜んでいる。 トマスは、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れて見なければ、 私は決して信じない」と言います。しかし8日後、そのようなトマスに復活のイエス様が現れます。 主はトマスに向かって、「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、私の脇腹に入れなさい。 信じないものではなく信じる者になりなさい。」と言われました。 トマスは復活の主の栄光に圧倒されて、「私の主、私の神よ」と告白します。 聖書の中で実際にイエス様を「神」と書いてある所は少ないのですが、 この疑い深い現代人ぽいトマスがイエスを神と告白していることが重要なのです。

 トマスが実際傷に触ったかどうかは、聖書には書かれていませんが、私は恐る恐る触ったのではないか、 触ってみて初めて「私の神」と告白する事ができたのではないかと考えるのです。

 私達にも、主はそのみ傷を示されます。聖書を読む時、そこに私たち自身の深い罪を見ます。 その罪はそのまま主に刻まれた傷になるのです。その傷に触れるということは、自らの罪を認めることであり、 その傷は、主の復活によって癒されるのです。私達の罪がすでにキリストのみ傷によって赦されていることを絶えず思い起こし、 キリストの業を共に宣べ伝えていくものでありたい。