渋沢教会
更新日:2014.5.17

5月4日 御言葉の説教「イエスと気づかず」

大井 啓太郎牧師
箴言19:21
ヨハネ21:1〜14

 

 ティベリアス(ガリラヤ)湖で、漁をする7人の弟子たち。しかし、その日はなぜか一匹も取れなかったのです。 夜が既に明けて獲ることをあきらめた時、約100メートル離れた岸から主が現れて言うのです。 「子たちよ、何か食べ物があるか」と。それに対して、ペトロたちも大きな声で「駄目だ―、何も獲れない」と答えたのです。 するとその人は、船の右側に網を下ろせというのです。彼らがその人の言うとおりにすると、おびただしい魚が網にかかりました。 その出来事は、ルカ福音書に描かれている、ペトロたちが主イエスと最初に出会った時の出来事そのものだったのです。 弟子の一人がペトロにあの人は主だと告げると、彼は、恥ずかしさのあまり湖に飛び込んでしまいました。 聖書には、裸同然だったからとありますが、それだけでなく、 彼はイエスを3度知らないと言ったその負い目をまだ感じていたからでしょう。 そして、弟子たちが大漁で岸に戻ってくると、もう炭火が起こしてあり、魚もパンもあったのです。 実は「何か食べ物があるか」という主の問いかけは、霊的なもので私たちの持っている能力を表しています。 自分の力だけで、一生懸命努力する。しかし、なかなかうまくいかない。「もう駄目だ」と投げ出したくなる。 しかし、だめだとあきらめた先に可能性があることを私たちに示すのです。 主はこの時の食事のように全て用意してくださっているのです。

 この食事の後、3度主を知らないと言ったペトロに主は語りかけられました。 「私を愛しているか」と。主はペトロの弱さを知っていました。 主イエス様はそのような弱さを持っている者に「私の羊を飼いなさい」と命ずるのです。 私たちも、主は私たちを愛され、「私に従いなさい」と語られます。 私たちの人生もまた、ペトロのように主のこの御言葉に従いたいのです。