渋沢教会
更新日:2014.6.2

5月18日 御言葉の説教「神が告げた和解」

大井 啓太郎牧師
創世記31:22〜32:1
Uコリント5:17〜21

 

 ヤコブが逃げ出したことを知った義理の父ラバンは、ヤコブを捕まえようと追いかけました。 彼が気付いたのは3日後のことであり、ヤコブ一人であれば、逃げることは難しいことではありませんでしたが、 多くの人々や家畜を引き連れてでは、すぐに追いつかれてしまったのです。 ラバンは一言言ってくれれば喜んで送り出したものをと言ってますが、本心は「全ての自分のもの(43節)」に表れています。 まさにブラック企業のワンマン経営者が、全て自分のものだと言い放つように、ラバンも又、心の奥底ではそのように思っているのです。 しかし、ラバンは神を畏れる人でありました。いや、神を畏れない人でも、神は生きておられ、人の人生に語りかけるお方なのです。 ラバンは、夢を見ました。神が語られヤコブを非難せぬようラバンに注意を与えたのです。夢は不思議なものです。 この後もヤコブの子どもヨセフは、夢の意味を解いて、ヤコブらを救いますが、自分の望むようなものではない、警告のような内容は、 神様からのお告げである事が多いのです。ポンテオ・ピラトの妻やサムエル、主イエスの父ヨセフ、東方の学者たちなどなど、 夢によって神様から語られた人々でした。ラバンは自分に起きたその出来事を語り、ヤコブたちの身の安全を保証すると言ったのです。

 しかし、ラバンにはどうしても許せないことがありました。それは、家の守り神の像の盗難でした。 その神の像とは、先週少し触れましたが、 それをもっているということが一族の長であり全ての財産の管理者を表すものとして重要だったのです。 ラバンはくまなく探しますが、ラケルがうまく隠してしまい、見つけることができなかったので、 契約を結び、互いの土地には入らないようにして、財産を守ったのでした。ラバンは自分勝手な人物でしたが、 神の声を畏れる人物でありました。2コリ5:18にあったように、私たちも、和解の使者として生かされている。 神に尋ね、神の声に聞き従うものとなろう。