渋沢教会
更新日:2014.8.9

7月20日 御言葉の説教「苦悩の日々だからこそ」

大井 啓太郎牧師
創世記35:16〜29
ヨハネ16:33

 

 最近のニュースを見ていると、議員や科学者や音楽家といった人々が信頼を損ねる事件が頻発して、呆れてしまう一方、 信用を失した彼らがこれからどうやって生活していくのだろうと考えさせられます。 ヤコブ一族も又、シケムで失ったものは小さくありませんでした。 ベテルから更に、南下してエフラタまで彼らの旅は続きました。厳しい逃亡の旅でしたが、ヤコブは神の守り、祝福を感じながら、 平和に暮らせる土地を神様が与えてくれることを信じて旅を続けたのです。 しかし、現実には彼には大きな不幸、試練が襲いました。

 まず最初の試練は、最愛の妻ラケルの死でした。難産の末の死でした。シケムであのような事件さえ起こさなければ、 ラケルは無事出産できたかもしれません。ラケルは産まれた子を「苦しみの子」という意味のベン・オニと名付けましたが、 ヤコブは「幸いな子」という意味のベニヤミンと呼びました。最愛の妻が忘れ形見として遺した子を「苦しみの子」 などと呼ぶことをヤコブはできなかったのです。さらに、同行はしていませんでしたが父イサクも天に召され、 さらにもう一つ、長男ルベンがヤコブの側女ビルハと床を共にして、父に対して大きな罪を犯したのです。 大切な妻や父がいなくなり、後を継がせなければならない息子に裏切られ、ヤコブの心中はどれほどの悲しみや、 怒りがあったことでしょうか?しかし聖書には彼の言葉は記されておらず、ただ21節にあるように 「イスラエルは更に旅を続け」とあるだけなのです。彼は自暴自棄にならずに、神の約束された土地を目指したのです。

 私たちの祝福されているはずの人生にも、不幸が重なることがあります。そのような時こそ「私はすでに世に勝っている」 と語られた主イエスを見上げて、備えらえている人生の旅を続けて行きましょう。