渋沢教会
更新日:2014.8.14

8月3日 御言葉の説教「夢見るヨセフ」

大井 啓太郎牧師
創世記37:1〜11
Tコリント12:27〜31

 

 創世記の終わりの13章は、ヨセフ物語でほぼ占められています。ヨセフが、ヤコブ一族、ひいてはイスラエル民族の危機を救った英雄として、 そして次の出エジプト記で、イスラエルの民が、エジプトに寄留するようになったいきさつがここで描かれています。そして、最も大事なことは、 このヨセフの、裏切られて売られ、苦難の中で多くの命を救った姿が、主イエスと重なるということです。

 さて、そのヨセフですが最も愛していた妻ラケルの待望の子であり、ヤコブが年老いてから産まれたものですから、他の子どもとは、扱いが別格でした。 そんなヤコブに他の兄弟たちは、殺してやりたいほどの嫉妬の感情を持つようになります。そして、兄弟たちがヨセフを嫌っていた理由が、もう一つあったのです。 それが彼の言動でありました。彼は事あるごとに兄たちの事を、父に告げ口をしました。告げ口されて、父に怒られる兄たちとしては、目障りな存在と映ったことでしょう。 そして、とうとう彼は兄だけでなく、父までも怒らせるようなことを言いだしました。それは夢の話でした。ヨセフは人からどのように思われているか、全く気にしていなかった。 今の若い人の流行りの言葉で言うなら、KYなやつとでもいうのでしょうか。KYとは、空気が読めないという意味です。 しかし、空気を読めないのは何もヨセフばかりではありません。他の息子たちのことを考えずにヨセフだけをでき愛したヤコブもまたKYです。 しかし、空気を読めることが本当に良いかと言えば、そうでもありません。多くの人々があまりに、空気を読んでしまい、和を乱さないようにするというのは、 日本人の特徴のように思いますが、そのような集団心理が間違ったことを引き起こす場合もあるからです。

 コリントの信徒への手紙では、神様が一人一人に違う賜物を与えておられることが記されていました。 私たちは違っていていい。いや違うからこそ助け合うと大きな働きができるのです。父なる神の愛を知ろう。