渋沢教会
更新日:2014.8.9

8月3日 御言葉の説教「夢見るヨセフ」

大井 啓太郎牧師
創世記37:1-11
Tコリント12:27-31

1.挨拶


 おはようございます。けさも暑い朝を迎えました。先週金曜日は、突然の雷雨とともに停電が起こり、短い時間で助かりましたが、 同じ時刻、山北ではキャンプに来ていた親子が増水した川に流され命を落としたと、報道されていました。 今週はまた台風の影響が出るかもしれませんから、どうぞ外出の際にはお気を付け下さい。


 それでは、いつものように、お近くの方と、神様のみ前に集うことができたことを感謝して、 「あなたに平和があるように」という意味のへブル語「シャローム」ギリシャ語「エイレーネー」 遠くから来てくださった方にはねぎらいの思いを込めて「エレーネー」とご挨拶しましょう。 これこそ平和を造り出す第一歩です。それではどうぞ。


2.ヨセフ物語


 さて、今開いていただいている創世記は、50章からなっていますが、終わりの13章は、今日から学ぶヨセフ物語でほぼ占められています。 ヨセフが、ヤコブ一族、ひいてはイスラエル民族の危機を救った英雄として、そして次の出エジプト記で、どうしてイスラエルの民が、 エジプトに寄留するようになったいきさつがここで描かれています。そして、最も大事なことは、このヨセフの、裏切られて売られ、 苦難の中で多くの命を救った姿が、主イエスと重なるということです。


 さて、そのヨセフですが、先ほど読んでいただいたように、父ヤコブにとてもかわいがられました。 4人の妻のうち最も愛していたラケルの待望の子であり、ヤコブがだいぶ年老いてから産まれたものですから、他の子どもとは、扱いが別格でした。 そのことが、3-4節にしるされています。「」そんな父とヤコブの姿を他の兄弟たちは、本当にうらやましく思っていたのです。 そしてそれは、殺してやりたいほどの嫉妬の感情へと発展していくことになります。そして、兄弟たちがヨセフを嫌っていた理由が、 もう一つあったのです。それが彼の言動でありました。彼は事あるごとに兄たちの事を、父に告げ口をしました。 告げ口されて、父に怒られる兄たちとしては、目障りな存在と映ったことでしょう。そして、とうとう彼は兄だけでなく、 父までも怒らせるようなことを言いだしました。それは夢の話でした。「7節・9節」このような話を聞いて、 たわいのない夢の話と取り上げなければ、なんの問題もなかったのですが、彼らは聞き流すことができませんでした。 特に父は、叱りながらも心に留めたと11節には記されています。ヨセフは人からどのように思われているか、 全く気にしていなかった。今の若い人の流行りの言葉で言うなら、KYなやつとでもいうのでしょうか。KYとは、空気が読めないという意味です。 しかし、空気を読めないのは何もヨセフばかりではありません。他の息子たちのことを考えずにヨセフだけをでき愛したヤコブもまたKYです。 しかし、空気を読めることが本当に良いかと言えば、そうでもありません。多くの人々があまりに、空気を読んでしまい、 和を乱さないようにするというのは、日本人の特徴のように思いますが、そのような集団心理が間違ったことを引き起こす場合もあるからです。


3.わたしたちへの適用 違いを認め合う心


 今日一緒に読んでいただいた聖書には、神様が一人一人に違う賜物を与えておられることが記されていました。 私たちは違っていていい。いや違うからこそ助け合うと大きな働きができるのです。ヤコブが、息子一人一人に心を配れたなら、 そして、息子たちも父親の愛をしっかりと確信できたなら、弟を憎まないで済んだと思うのです。そのことが分からないから、人は間違いを犯すのです。 しかし、完全な親はなく、完全な愛もありません。完全な愛は私たちを創られた父なる神様にのみ存在するのです。 愛を人に求めるのではなく、神様に求めてこそ、私たちは本当の愛を知ることができるのです。