渋沢教会
更新日:2014.8.24

8月17日 御言葉の説教「キリストの祖、タマル」

大井 啓太郎牧師
創世記38:1-19
マタイ22:23-33

1.挨拶


 おはようございます。今日はお盆休みのUターンラッシュで、高速道路や幹線道路はきっと大渋滞だと思います。 私は、毎年お盆休みには親の実家がある新潟に行っていたのですが、帰りの渋滞に巻き込まれると、このまま家に着かなければいいと思ったものでした。 しかし、当たり前ですがいつかは家に着いてしまう。日常に戻ってしまうのです。人生もいつかは終わりの日が来る。その日を喜びの日と考えられるか、 そうでないかでは、大きな差があるでしょう。


 それでは、いつものように、お近くの方と、神様のみ前に集うことができたことを感謝して、「あなたに平和があるように」という意味のへブル語「シャローム」 ギリシャ語「エイレーネー」遠くから来てくださった方にはねぎらいの思いを込めて「エレーネー」とご挨拶しましょう。それではどうぞ。


2.ユダの物語


 さて、先週はヨセフが兄たちによって殺されかけ、そして、エジプトに売られてしまった場面までを見てきました。 聖書箇所が長いので、全部は朗読していただいていないので、ぜひ家でもう一度、章全体を読みなおしていただきたいのですが、 今日読まれた創世記38章は、そのヨセフ物語に挿入される形で、ヨセフの兄弟の一人であるユダの物語が置かれています。 ヨセフがこの後、ヤコブ一族を救う英雄となるのですが、もう一人このユダは、ダビデ、ソロモンの先祖というイスラエル民族の中心を生みだす人物です。 そしてそれは、私たちの主イエス・キリストの直系の祖先であることも意味します。


 しかしながら、今読んできてお分かりのようにあまり、良い物語ではありません。


 1節を見ると「そのころ、ユダは兄弟たちと別れて…」と書かれています。ヨセフにひどい仕打ちをした後、父ヤコブの元に帰り報告をした後、 ユダは、兄弟たちとは別な生活を始めたのです。まず彼はカナン人を妻としました。アブラハム・イサク・ヤコブが同族の娘を妻に迎えたのとは対照的です。 しかし、自然な成り行きでもあります。このことによって、その土地に住む人々と絆が深まり、友好的な関係ができるからです。 しかし、それはその土地の宗教との接近でもありました。さらに彼は、長男のエルにカナン人の女性タマルを与えたのですが、 不幸なことにエルは、子どもをつくる前に、死んでしまったのです。7節を見ると「主の意に反したので」とその死の説明がされていますが、 何かしらの罪を犯したのでしょう。ただ、早く死んだということから、そのような言い方になったのかもしれませんが、次男オナンの罪は明白でした。 当時の中東では、家を継ぐべき長男に子孫がいない場合、次男や三男は、家を守るために長男の嫁と結婚する必要がありました。これをレビラート婚と言います。 今日読んでいただいたマタイ22章は、このレビラート婚を前提にしています。また、申命記25章にその掟が記されていますが、オナンは、その義務を果たしませんでした。 子どもができれば、長子の権利はその子のものとなり、家督を相続できなくなるからです。そのことが、神の怒りに触れ、オナンも又、死んでしまうのです。 二人の子どもが相次いで死んで、タマルはもう一人の息子シェラに嫁ぐことになるのが普通ですが、この時、ユダは息子たちの死の原因がタマルにあると考えました。 ですから、彼は体のいい言い訳で、タマルを実家へと返してしまったのでした。そして、だいぶ日が経ち、ユダの妻も死んで、シェラが成人しても、 タマルが呼び戻されることはありませんでした。彼女はユダに捨てられてしまったのです。離縁ならまだしも、そのことも許されず、 新しい人生を踏み出すことが許されない、かい殺しのような状態だったのです。


 そのような時に、一つの機会ができました。ユダが、ティムナという町にやってくるという知らせをタマルは聞いたのです。 彼女はそこに出かけて、遊女の格好をしてユダを誘ったのでした。カナンの宗教はバアルと女神アシュタロテと呼ばれる神で豊穣の神でした。 そしてセックスが奨励された教えでした。神殿には神殿娼婦と呼ばれる女性がおり、彼女たちと交わることが、大切な儀式とされていたのです。 カナンの人々と関係が深まったユダにとって、そのような女性と交わることに何ら問題は感じていなかったのです。 その時、彼は報酬として子ヤギを与えることを約束しますが、その子ヤギが届く前の保証の品として、 彼は18節にあったように自分の身分を示す印章と杖を差し出しました。そして、ユダが子ヤギを届けた所、その女性は姿を消していたのです。 数ヵ月後、タマルは妊娠し、そのことがユダの耳に入ると、彼は姦淫の罪を犯した嫁に対して非情にも焼き殺せと言いますが、 タマルから受け取ったものを見て、その相手が自分だったと知るや、ユダは26節「彼女のほうが正しい。」と彼女の正しさを見出しました。 そして、タマルは双子のペレツとゼラを産むのです。そして、ユダ族はシェラではなく、このペレツから続いて行くことになるのです。


3.適用


 タマルの行動は、現代の私たちにとって理解しがたい所がありますが、しかし、ユダの言葉にある通り、彼女はその時代にあって、正しいことをしたのです。 タマルは、女性としての自分の権利を守りました。そしてそれは同時に、ユダ族を守ることになり、ひいては、イエス・キリストの血筋を守ったのでした。 タマルは自分の子孫から、キリストが誕生するなど考えたこともなかったでしょう。しかし、彼女の正しい行いによって確かにキリストは誕生するのです。


 そのことをよくよく考えてみると、主が、再び私たちの元に来てくださる時、それはいつかは分かりませんが、 私たちの小さな一つ一つの決断の延長にあるのではないかと思わされるのです。

 また、キリストの系図には、タマルやルツ、ラハブという異邦人の女性の名前を見ることができますが、彼女たちはそれぞれ、正しいことをしたのです。

 私たちも、精一杯この時代の中で、正しいことを追い求めて生きましょう。