渋沢教会
更新日:2014.8.31

8月24日 御言葉の説教「無実の罪」

大井 啓太郎牧師
創世記39:1〜23
Tコリント6:9〜11

 

 ヨセフはエジプトの宮廷の侍従長ポティファルに奴隷として売られましたが、神は共にいてくださり彼に良き知恵を与えられたので、ポティファルも彼を気に入り、 とうとう家の財産の管理までも任せるほど信頼したのです。そしてヨセフもその信頼に応えたのでした。

 しかし、そのようなヨセフの素晴らしさが思わぬ落とし穴となります。ポティファルの妻が、若くてたくましいヨセフに目をつけ誘惑してきたのです。 彼女は、夫によって自由にならないものはありませんでした。おいしいものを食べ、美しい服や宝飾品を身に付け、何不自由なく気ままに生きていたのです。 しかし、自由にならない物がありました。それは人の心です。夫は、侍従長としての仕事ばかりで家の事には全く気を遣いませんでした。 妻は、もて余した時間をヨセフによって埋めようとしました。「私の床にはいりなさい」これは、女主人としての命令でした。しかし、ヨセフは女主人の命令を断りました。 「神に罪を犯すことができましょう。」ヨセフは主人であるポティファルにではなく、神に対して罪を犯すことをおそれているのです。 ヨセフは主なる神様をおそれ、目の前の快楽と安楽の保障に身を委ねなかったのです。その結果、女主人の策略によって、彼は捕えられてしまいました。

 ヨセフは牢屋につながれました。またどん底の生活が始まりました。しかし、彼には主が共におられました。 ポティファルの妻との一件の時に明らかであったように、彼の心にはいつも主がいたのです。その誠実さによって、彼は牢の中でも信頼を勝ち得るのです。

 家庭を顧みないポティファル、心の隙間を埋めようとしたその妻、そして神に誠実に生きるヨセフ。天の国を受け継ぐ者が誰かは、明らかです。