渋沢教会
更新日:2014.10.8

9月28日 御言葉の説教「召天者記念礼拝-再会を信じて」

大井 啓太郎牧師
詩編90:1〜17
マルコ2:1〜12

 

 『少年H』という映画を見ました。第2次世界大戦前後の庶民の生活の中で起きた日本の姿を、原作者の妹尾河童が自分の少年時代の体験として描いています。 軍艦などを無邪気に描き、軍歌を口ずさんで遊んでいた少年の家に、クリスチャンとして外国人と交流があったということだけで、お父さんが憲兵隊に連れて行かれ、 拷問にあったり、学校ではスパイ、非国民よばわりされたり、信仰を持ち続けることがいかに大変だったかを改めて知らされました。 私たちの渋沢教会は、戦後建てられましたので、戦前・戦中の記憶を教会としてはもっていませんが、先に召された方々の中には、 少年Hのような経験をされておられた方もいらっしゃると思うのです。たとえ信仰をその時は持っていなくとも、戦争という時代の狂気の中で、 人生を少なからず狂わされ、しかし、聖書と出会い、本当の人生の意味を見出した方々だと思うのです。

 今日お読みした聖書は、手足のまひの病気にかかっていた人を主イエスが治すという良く知られた物語です。 しかし、この物語が面白い所は、その主人公が、治った理由というのが、本人の信仰ではなく、友人の信仰だということです。 4人の者が運び、彼らは家に入ることができなかったので、屋根に登り、屋根をはがして病人を吊り下ろしたのです。この物語は、私たちに大きな希望を与えてくれるのです。 私の父もそうでしたが、本人の信仰ではない、友人の信仰によって救われるということがあるんだということです。 亡くなられた方の中には、明確に信仰を言い表さなかった方もおられると思います。不慮の事故や病で亡くなられた方、幼くして亡くなられた方、 信仰を伝えられなかった悔いが残るまま亡くなられた方など。しかし、この物語にあるように、後に残された者の信仰を、神様はご覧になって下さっていると、 私は信じているのです。愛する人々との再会を心待ちしにして、今を精いっぱい生きましょう。