渋沢教会
更新日:2014.11.27

11月9日 御言葉の説教「祝福される人生のために」

大井 啓太郎牧師
創世記49:1〜28
マルコ10:13〜16

 

 自らの死が近いことを知ったヤコブは息子たちを集め、それぞれに祝福したのです。 しかし、内容を見ますとそれは祝福というよりも、預言、又は人によっては警告と取れるような内容です。 長男のルベンは、父ヤコブの側女ビルハと床を共にし、長子の誉れを失い、シメオンとレビは創世記34章に記されているディナの復讐を率先して行い、ヤコブの不興を買ったのです。 そして、ユダが長子の特権を得ることになるのです。ユダは、実際にイスラエル部族の中で強力な部族となり、ダビデ王国ができました。 その後、分裂が起き、北イスラエル王国と南ユダ王国に分かれた後、北イスラエル王国が異民族に侵略されて滅んでもなお、しばらく独立を保っていました。 そして、他の息子たちについても、ヨセフを除いてはあまり良い言葉を父から得ていません。 父ヤコブもそのようなことを告げることが辛かったのでしょう、18節に「主よ、私はあなたの救いを待ち望む」と祈りのような言葉を語っています。

 祝福の元来の意味は、財産や健康が増し加わるようなものを指していいます。 相手を呪うことではありません。ヤコブが語ったこの息子たちへの言葉は、そこから何かを知ってほしいという父の愛だと思うのです。

 主なる神様は私たちにも、イエス様を通してこの世界の終わりについて、マルコ13章などで預言と警告をされていますが、 それはそのような状況が避けられないとしても、平安があるようにと、主を信じる私たちへの神様の愛なのです。 さらに、祝福とは、ある変化をもたらすことなのです。私たちが礼拝の後に受ける祝福は、牧師の何かのパワーが発せられるのではなく、 神様が一人一人をどのような状況の中でも、共におられるということの宣言であり、またそれを受けて私たちは、新しい世界に平安に歩み出せるということなのです。 祝福を受けて今日も歩み出しましょう。