渋沢教会
更新日:2014.12.26

11月30日 御言葉の説教「待降節@クリスマスなんて嫌だ!」

大井 啓太郎牧師
エレミヤ31:15〜17
マタイ2:1〜12,16〜18

 

 アドベントを迎えました。今年は、少し視点を変えてイエス様の誕生を喜ばなかった人たちにスポットを当ててみようと思いました。 主のご降誕を喜べなかった人と言えば真っ先に、ヘロデ大王が思い浮かびます。彼はもともとはユダヤ人ではなく、エドム人でした。エドム人はヤコブの兄エサウの子孫です。 ヘロデがユダヤ人の王朝を奪い、前王朝の王女を妻とし、さらにローマ帝国の後ろ盾をもらって、王として名乗り統治していたのです。 ですから、純粋なユダヤ人にしてみれば面白いはずはなく、その統治に敵対するものも多かったのです。政権をなんとか保つために、妻や子でも謀反を疑えば、処刑したのです。 そこに突然、東方の国からの来客とその言葉はまったく寝耳に水の出来事でした。 東の国からきた学者は、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおられますか」とヘロデに聞いたのです。聖書には「不安になった」とあります。 悩んだというのではなく、心がかき乱されたのです。彼を取り巻く人々も同じように不安になりました。彼の政権が終われば、自分たちの生活も脅かされるからです。 ヘロデはすぐに、自分の地位を脅かす存在がどこで生まれたのか、祭司や律法学者を集めて調べました。彼は生まれたお方が自分をはるかに超える「メシア」であることを、 聖書の預言から知りましたが、関係ありませんでした。人々の心に自分以外に王がいてはいけなかったのです。学者たちを使ってその居場所を突き止めようとしましたが、 学者たちに裏切られると知ると、彼は容赦なく2歳以下の子どもを殺す命令を出しました。

 ヘロデは自分のためだったら何でもする人物でした。私たちは、もちろんヘロデのような残虐性をもっていないと言いたいのですが、 胸に手を置けば、自己中心的な自分が見えてくるのです。しかしだからこそ、私たちは主イエスによって赦されて救われなければならないのです。神の冒険に感謝。