渋沢教会
更新日:2015.03.15

2月8日 御言葉の説教「神の国―望みかなう所」

大井 啓太郎牧師
詩編47:3〜9
マルコ1:14〜15

 

 イエス様が誕生されてからもう2000年以上経つのに、いっこうに神の国は来ない。神様、早く来てくださいという人もいれば、もう少し待ってくれという人もいる。 2ペトロ3:4−9には神様の一日は1000年であり、神様は福音が宣べ伝えられるのを忍耐して待っておられると説明しています。 この先、いつ神の国が来るのか分かりませんが、しかしその日は昨日より今日、今日より明日と近づいていることは確実なことです。 そして、私たちの寿命は100年足らずであり、それぞれ残された人生の時間の中で、神の国に入る準備をしなければならないということです。

 神の国とは何か。未来やパラダイスではない。天の国は私たちの理性の先にあるものではない。神の完全な支配にある世界、そこが神の国です。 しかし、貧しく、その日その日の食べ物にも困るような人が想像すれば、毎日たらふく御飯を食べられる世界、これが天国と言えるのかも知れません。 私たち一人一人、天国で期待することがあります。神様の支配される場所であっても、無味乾燥な場所ではないと思うのです。 私たちのささやかな願いをかなえてくれる場所でもあると思うのです。また、主イエスはルカ17章であなた方の間に神の国はあると語られました。 お互いの絆が神の国の平和を形作るということです。そのような意味では神の国は、遠い未来のことではなく、「今」私たちに委ねられているということもできます。 ただぽんと与えられるのではなく、私たちが平和を求め続け、行い続けていくことが、大切になってくるのです。

 今世界は、イスラム国が行っている残虐な行為によって憎しみと疑いの鎖にがんじがらめになっています。 囚われた人が殺される映像を見れば、誰もが報復したい気持ちになるでしょう。しかし、報復は何も生みません。 まず自分の心の中の憎しみ、怒りを制御することが大切なのです。