渋沢教会
更新日:2015.03.15

2月15日 御言葉の説教「主イエスの招き」

大井 啓太郎牧師
サムエル記上3:10
マルコ1:16〜20

 

 主イエス様が4人の漁師を最初の弟子とする場面は、他の福音書と見比べてみると、マルコ福音書にはない様々な情報を知ることができます。 ルカによる福音書ではすでにシモン・ペトロは弟子として招かれる前に、そのしゅうとを癒してもらっていて、すでにイエス様と関係があったことを示唆し、 更にはイエス様にもう一度漁をしてみなさいと言われています。ヨハネ福音書ではアンデレが洗礼者ヨハネの弟子であり、ヨハネに紹介されて、 兄弟のシモンをイエス様の元に連れて行ったと記していますが、共通していることは最初の弟子たちは漁師であり、彼らは主イエスに従ったということです。 ここで思うことは、イエス様はなぜ漁師を弟子に選ばれたかということです。漁師は全く平凡な職業でした。たまたま、そこにいたから声をかけたのでしょうか? 主はこの漁師たちに何を見たのでしょうか?

 主イエス様の弟子の基準、それは、「従う」ということでありました。何か特別な能力を認めて選んだのではないのです。神の招きは誰もが受けているのです。 主は「人間を捕る漁師になれ、(そのような立派なものになれ)」と言っているのではない。 「人間をとる漁師にしよう」と言っている。力ない者でも主が変えて下さるのです。

 しかし、イエス様はその人のよい所を引き出すお方でした。だから、「人間を取る漁師にしよう」と彼らが理解できる言葉で招かれたのでした。 「私の弟子となって悪霊と戦い、神の言葉を伝えよ」と、いきなり言われたら、きっとペトロたちはついていけなかったのではないかと思うのです。 イエス様の言葉は、私たち一人一人にふさわしく語りかけられているのです。 「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」。恐れず、主に従おう。