渋沢教会
更新日:2015.03.08

2月22日 御言葉の説教「私たちを隔てるもの」

リサ・ アンダーソン牧師
ルカ16:19〜31

 

 死期の迫ったお子さんを持つご家族と一緒に、集中治療室にいた時、ふと窓の外を見て、病院のすぐ近くにある高速道路を行き交う、沢山の車を目にしました。 そのことが、私の自覚を促すきっかけになったのです。 車でせわしく動き回っているこれらの人々は、すぐそこで起こっている、想像を絶する程の苦しみに、全く気付く事無く、唯、 自分の仕事のことだけにしか心を向けていないのだ、と感じたのです。そこに存在する苦しみに気づいてしまった以上、もう決して、私には、 その苦しみを無視することはできなくなりました。

 今日お読みしたイエス様のお話で、私達もすぐ気付く点は、ラザロが名前を与えられているのに対して、金持ちの男は、 ずっと名前を与えられていないままだということです。このことは、イエス様は、貧しい者を無視して省みない者達よりも、常に貧しい人々に、 心を留めておられるということを示しています。イエス様という方は、正にそのようなお方なのです。

 私は、3年程前に自分の使命を変えられる経験をしました。そのことによって、私のコロニアルカンバーランド長老教会の群れの中から生まれた、 新しい主の働きを始める事へと導かれたのです。その働きは「宿屋メンフィスの部屋」と呼ばれ、ホームレスの人々に、 教会の建物の中で暖かく安全に過ごせる冬の間の緊急避難場所を提供しています。

 私は、メンフィスの路上生活者と知り合いになるにつれて、初めて、25年以上も住んでいたにもかかわらず、彼らの生活については、 何も知らなかったのだと思い知らされました。そのような人達と出会い、友人となることができました。そして、もう決して私は、彼らの苦しみと、 困窮した生活を見過ごすことは出来なくなりました。私達に命じられている奉仕に気がつかないフリをすることは、もう決してできません。 この神の国の教えと、地上の現実との落差を埋めることこそが、私達の使命なのです