渋沢教会
更新日:2015.04.05

3月29日 御言葉の説教「主イエスが町にやってきた」

大井 啓太郎牧師
ゼカリヤ9:9
ヨハネ12:12〜19

 

 ゼカリヤの預言のように、ろばの子に乗ってエルサレムに入城された主イエス・キリストを、大勢の群衆は、ある者はなつめやしの枝や、 自分の着ている服を道に敷いて、また、ある者は「ホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように、イスラエルの王に。」と歓喜の声を上げて迎えました。 人々は、主イエスのなさってこられた様々な奇跡を弟子たちの証しによって知っておりました。多くの人々が、主イエスとラザロを見るためにやってきたと、 9節に書かれているのです。「あのイエスが、エルサレムにやってきた」といううわさがうわさを呼んで、多くの人々が主イエスを出迎えたのです。

 民衆は主イエスの行ってきた様々な「しるし」によって、奇跡によってメシアと信じたのです。 弟子たちの多くも実際自分の目で見てきたことによって信じていたのでした。しかし、主の到来の意味は栄枯盛衰を繰り返すこの世の国家の再建とは異なっておりました。 主の手の力は異民族を滅ぼすためのものではなく、人が犯した神への罪を完全に取り除くために、言わば、神と人間の関係を完全に再建するための力であったのです。 人々を神の国に引き上げるための手であったのです。そして、そのために主イエスは十字架の死が待つ、エルサレムに入城されたのです。 それは神の約束の成就でもありました。華々しい入城とは裏腹に主イエスの使命は神と人との和解のための献げ物だったのです。

 イエス様は、平和の象徴である子ロバに乗ってエルサレムに入城しました。主イエス様を私たちの心に迎え、平和を追い求めましょう。 しかし、目的が正しくとも、方法が間違っているということは、往々にしてあるのです。平和を実現するために、どのような方法をとる必要があるのか、 考えて行かなければなりません。